静岡県の化石(3)
アケビガイ 深海での「食生活」革命

延原 尊美

最終更新日:2007年9月20日



 深海は季節的な変化もあまりないし、おそろしい敵(捕食者)もいない。読者のみなさんは「深海」について極めて平和なイメージをお持ちかも知れない。ところが深海底は餌の獲得に関して言えば浅海域以上に厳しい世界なのです。海洋生物の場合、一般的に食物連鎖の起点となるのは光合成を行う植物プランクトンになります。光が差し込む浅海や海洋表層部では、植物プランクトンが光合成を行い、つねに食物連鎖の起点となる有機物の生産が行われています。ところが、深海では、そのようにして海洋表層で作られた有機物(プランクトンやそれを食べている動物の遺骸や糞など)が、降ってくるのを待たなければなりませんし、海底に到達する間に、遊泳性の動物に消費されたりします。果たして、深海底に生きる動物は貧しくつつましやかな生活をおくっているのでしょうか? たしかに、二枚貝の仲間では深海性のものになると体のサイズが1 cm以下になりどんどん小さくなっていく傾向があり、これは餌となる資源量の減少への適応として紹介されています。

 ところが、1977年、ガラパゴス沖の深海の海底温泉からチューブワームやシロウリガイ類など大きな動物からなるコロニーが発見されました。深海にもかかわらずその生物量の大きさは旧来の常識を覆すものであり、20世紀最大の生物学的発見とも言われました。これらの体サイズの大きい深海生物は体内に共生細菌を飼っており、これらに地下から湧いてくる硫化水素やメタンを利用させてエネルギーを得ていることが、その後の研究で明らかにされました。つまり、光合成によって作られた有機物にたよらなくとも、地下から硫化水素やメタンが湧いていれば困らないというわけです。 

 静岡県からもこのような暮らし方をしている二枚貝の化石が、掛川市の約200万年前の地層(満水層や土方層という陸棚斜面に堆積した泥岩層)から産出しています。アケビガイというシロウリガイ類の一種で、現在も生きている種類です。シロウリガイ類は、潜水艇による調査で、深海の海底温泉や冷湧水口などで数多く発見されていますが、アケビガイの方はそれらより生息水深が浅く、水深100-200m付近の陸棚斜面の泥底から時折、漁船による底引き網等で混獲されています。現生アケビガイの生態についてはいまだ未解明なことが多く、逆に化石の産出状況(大型の化石が自生・密集すること)などから、メタン湧水を利用していたことが指摘されています。

 アケビガイを含むシロウリガイ類も、もともとは浅海に住んでおり、他の二枚貝と同じようにやはり光合成によって生産された有機物にたよって生きていたものと思われます。いったいどのようにして、細菌を共生させて深海に進出していったのでしょうか? 浅海と深海のはざまに生息するアケビガイは、まさにそのようなプロセスを解明する上で重要な位置にあるといえるでしょう。

 アケビガイの化石は、掛川駅南の開発時には大量に産出したとのことですが、残念ながら現在では一部のコレクションを除いてはその状況を知るすべはありません。二枚貝の進化を解明する上でも、はたまた当時の地球環境を考える上でも貴重な資料です。

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登録日:2007年9月20日


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