コラム「しずおかの自然」
突如東日本に分布を広げたムラサキツバメ

発行:2000/06/01

清 邦彦
(静岡昆虫同好会)


ムラサキツバメ(オス) ムラサキツバメ(メス)
ムラサキツバメ(オス)                   ムラサキツバメ(メス) 

共生関係にある終齢幼虫とアリ
共生関係にある終齢幼虫とアリ

 ツマグロヒョウモンやナガサキアゲハといった南方系のチョウが分布を広げてきていますが、5年前にはまったく記録のなかったムラサキツバメ(口絵の写真)が、2001年の秋には静岡県下の低地のほとんどに分布していることがわかりました。

 シジミチョウとしては大型で、はねの裏側は地味な褐色ですが、表側はメスは中央部が鮮やかな青紫色、オスは全体が暗い紫色で、ムラサキシジミに似ていますが後ばねに尾があります。もともとは紀伊半島より南西の、四国、九州のチョウでした。それが1998年8月、静岡駅の新幹線ホームで発見されたのです。

 窓ガラスでバタバタしているところを、甲府から大阪へ出張途中の方が素手で採集したのでした.偶然飛んできた、あるいは場所が場所だけに新幹線に乗って運ばれたのかも、という思いもありました。ところが10月にもまた新幹線ホームで、その2日後には静岡駅前の植込でも目撃されました。ムラサキツバメの幼虫の食物はマテバシイの葉、そういう目で探してみますと、静岡駅周辺にはマテバシイが多く植えられていたのです。たまたま迷チョウとして迷い込んだメスが産卵して一時的に発生したのだろう、しかし神奈川県でも見つかっているというのは気になる情報でした。

 2000年になると関東地方の三浦半島、横浜、なんと皇居周辺や原宿からまで続々と見つかり話題となりました.じつは静岡県での調査は出遅れたのだと思います。ムラサキツバメなどもともと縁がないと思い込んでいたものですから、食樹がマテバシイであることも知ったばかり、どこに多いかなど気にしたこともありませんでした.それにこの年はナガサキアゲハの分布調査でみな精一杯でした。浜松市の遠州灘海浜公園に生息していることがわかったのは10月も末のことでした。

 さて2001年の秋、ムラサキツバメの調査は成虫を探すよりも、マテバシイの若い葉に巣を作る幼虫を見つけた方がよいこと、見つけ方のコツがわかったとたん、県下から次々と記録されはじめたのです。湖西市、浜北市、掛川市、島田市、清水市、富士市、富士宮市、沼津市、熱海市、下田市・・・、17市31町1村から見つかり、静岡県下広く分布することがあきらかになりました。関東地方での分布拡大はもっと広く、茨城県からとうとう福島県の海岸地方にまで及んでいます。

 ムラサキツバメが分布を広げたのはなぜでしょうか。西からじわじわと東進したならともかく、静岡県を飛ばしていきなり関東地方に大発生したものですから、誰かが人為的に放した可能性まで言われましたが、これは静岡県での初期の調査が不十分だったからではないかと思っています。もっと前から分布していたけれど、発生地は平地の公園、団地、大きな病院、工場の周りなどで、他に注目するようなチョウもおらず、調査など行なわれていませんでした。他の南方系のチョウと同じように、温暖化、あるいは冬の最低気温の上昇によって冬越しのできる地域が広くなった、と言った理由からでしょうか。

 そしてこれまで考えられていた以上に移動性が大きいのかも知れません.また、分布拡大を助けたのがマテバシイの植樹です。静岡県には自然には生えておらず、山にあるものも昔炭にするために植えたもののようです。マテバシイが多いのは比較的新しくできた公園、用地、工場などです。
 さてこの冬ムラサキツバメは無事越冬できたでしょうか。もしそうなら、今年2002年はどこまで分布を広げて行くでしょうか。



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登録日:2001年6月04日