海外博物館めぐり 3

イサカ 地球の博物館
(Museum of the Earth)

発行:2000/09/01

池谷仙之(静岡大学理学部)


写真1 博物館の玄関 アメリカ、ニューヨーク州、オンタリオ湖の南にフィンガーレイクス(the Finger Lakes region)と呼ばれる地域がある。北から南方に向かって指を開いたように延びる細長い形状の幾筋もの湖群は200万年前の氷河の痕跡である。

 この湖群の南端にイサカ(Ithaca)という森に囲まれた小さな町がある。この町はアメリカの名門校、コーネル大学(1865年創立)の学園町としてにぎわっている。コーネル大学の地質学の教授であったG. D. Harris (1894-1934) は、1932年、彼が研究のために収集してきた膨大な化石標本と古生物学に関する文献を整理、保管し、これらを誰もが活用できる施設として、自宅の裏庭に古生物学研究所(The Paleontological Research Institution)(専門家にはPRIの略号で親しまれている)を設立した。

 以来、この研究所はニューヨーク州やコーネル大学をはじめ、多くの財団からの援助を得て、世界に誇る、アメリカを代表する古生物学の拠点を築き上げてきた。今日では、200万点の化石と50,000冊の専門書を持つ研究所に成長し,古生物に特化された研究施設としては世界でも最大規模のものであろう。

 筆者は今年1月の末に、ここを訪れる機会を得た。ワシントンD.C.からシラキュースまで、空から見た北米の冬景色は全面雪に覆われ、氷河地形を観察するのに絶好の条件であった。シラキュース空港からイサカまで車で2時間、雪道の合間に見える黒色の切り立った崖はデボン紀(4.15-3.60億年前)の堆積岩からなり,この地層からはきわめて保存のよい温暖浅海性の化石(腕足類、二枚貝、珊瑚、三葉虫、海百合、頭足類など)が400種も産出するという。

写真2 展示室 訪ねた古生物学研究所(PRI)(写真1)はかなり老朽化した木造の建物(1968年建造)で、あまりにこじんまりしているので,拍子抜けしてしまった。一般の博物館のイメージからすれば、展示スペース(写真2)は極端に狭く,展示に力を入れているとはとうてい思えない。これまでのPRI の活動を知る者にとって、意外であった。それは、PRI が学術誌Bulletins of American Paleontology (1895-)とPalaeontographica Americana (1916- )を引き継いで出版し、また、ニュースレター American Paleontologistを発行し、さらに、古生物学に関連した数多くの学術書および普及書を刊行してきた実績を知っているからである。

 現在、研究所のスタッフは総勢16人からなり、9年前に、第三紀軟体動物化石を専門とする当時若干32才のDr. W. D. Allmonを館長に迎えて、研究所はさらに活性化した。彼が前任地の南フロリダ大学にいたころ、筆者と研究上の交流があり、彼の人となりを多少知っているのだが、研究の優秀さと機敏な実行力に惚れ込み、彼を静大理学部に助教授で迎えようとしたことがある。結局、果たせなかったが、彼に代って2才若いが、これまた優秀なDr. R. M. Rossを助手として採用することができた。しかし、Rossは4年前に、この研究所の教育部門のチーフとしてAllmonに引き抜かれてしまった。現在、この2人のコンビは地方博物館での研究と教育活動に燃えている。

 研究所の機能をこれまでの研究活動に加えて、地域の自然科学教育とその普及活動にまで広げ、「地球の博物館」構想を打ち出した。2001年に展示室や標本保管庫を増築し、さらに教育施設としてモダンな実験室や講義室を新築(写真3)する予定とのことである。この夏、すでに工事が始まっていることであろう。情熱を持った若い2人の活動によって新しいタイプの博物館が出来ることを期待したい。

古生物学研究所のロゴマーク     地球の博物館のロゴマーク 
 
 研究所に滞在していた一週間の間、マチュア化石収集家が集めたという4トントラック2台分の石炭紀の植物化石が寄贈されるのに立ち合った。4人の大人でやっと持ち上げられるほどの化石のブロックであった。話によると全米からこのような貴重な化石が次々と寄贈されるのだそうである。また、一日に3人から4人のボランティアと称する年輩の方々が出入りし、化石標本をクリーニングしたり、ラベルを書き換えたり、新しい標本棚に標本を移したりといった作業を楽しそうにしているのを目の当たりにした(写真3)。

 ラッキーなことに、昨年、近くの沼地からマストドンの全身骨格7体とマンモスの全身骨格1体が発見され、これらの大型化石に狭い実験室は埋め尽くされ、ここでも地元のボランティアグループが活躍していた。深い雪に埋もれた博物館の中は、このようにあふれる活気で満ちていた(写真4)。これらの化石が新しい展示室を飾ることであろう。

 新しい地球の博物館は、日本のしかるべき博物館と姉妹関係を結びたいとのことであった。第1号を静岡県の自然史博物館にしたいとの要請に応えられる日が待ちどうしいことである。

写真3 ボランティアによる化石クリーニング作業 写真4 最近発見されたマストドンの臼歯
  


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登録日:2001年09月01日