博物館とは
シンポジウム
「21世紀に相応しい博物館を目指して」に参加して

発行:2000/12/05

柴 正博(東海大自然史博物館)


はじめに

 日本博物館協会が主催する第48回全国博物館大会が2000年11月9日と10日に仙台市民会館をメイン会場として行われました。その大会では、「21世紀に相応しい博物館を目指して」というシンポジウムが行われました。

 現在、政府の地方分権の推進と規制緩和を受けて「公立博物館の設置及び運営に関する基準」の一部弾力化が行われ、現在の状況に相応しい博物館法の見なおしが行われようとしています。文部省としては、「博物館法」または「公立博物館の設置及び運営に関する基準」改訂のための指針づくりが必要となり、平成10年から3年間にわたり、日本博物館協会に委託して「博物館の望ましいあり方の調査研究」が行われてきました。日本博物館協会では、その研究に対して委員会を設置し、.新しい博物館の『理念』と『機能』、『条件』という3つのテーマで検討してきました。

 本大会では、この調査研究の報告書がほぼ完成したので、この抜粋(第48回全国博物館大会資料V)をもとに議論するシンポジウムが開かれました。この委員会では、シンポジウムでの議論も参考にして報告書を今年度中に完成させ、文部省に提言として報告するということでした。また、来年度からこの提言をフォローアップするために、市民や教師なども含む委員会を設置していくと報告がありました。

全体シンポジウム

 この報告書の「T.新しい博物館の『理念』」として、「21世紀に相応しい博物館」とは「対話と連携−理解への対話・行動への連携」を運営の基礎にすえ、市民とともに新しい価値を創造する生涯学習社会における新時代の博物館である、と述べています。「対話と連携」とは、博物館の内部、博物館同士、さらに博物館と社会で行われ、「対話」による相互理解と「連携」により個々の博物館が博物館全体として「博物館力」を高め、市民の要求に応えることができるとしています。

 「U.新しい博物館の『機能』と『条件』」では、昭和48年の「公立博物館の設置及び運営に関する基準」について現状においては改訂されるべきとして、ある程度具体的に検討されています。特に「各論」では「博物館資料」、「博物館の認定基準」、「博物館活動推進機構の設置」、「研究職給与表の適用」などがあげられています。
 シンポジウムでの議論の中では、以下のような発言がありました。
  • 日本の学芸員は“Curator”と訳される存在ではなく、“マルチ” 学芸員である。
  • 「対話と連携」というテーマは、すでに昭和48年の基準づくりの際にも出ていたもので、これまでそれがなかなか実現できなかった。そのため、これからどのようにこのテーマほ実現をしていくかが問題であり、「連携」とするより「連帯」とすべきである。
  • 「博物館とは何か」ということを基準の中で明確にすべきで、高いレベルのサービスをささえるのは博物館の調査研究にある。
  • AAM(アメリカ博物館協会)の指針(1992)では、博物館は公共サービス機関で、そのコアは「教育」にあると述べている。
  • 独立行政法人化したときの、デメリットとメリットの検討が必要である。
  • 学芸員の定数は最低5名必要で、その基準を緩和したのはおかしい。今回の基準について具体的に数字が出ていない。
分科会

 全体シンポジウムのあとに、「子供・学校・地域社会」と「博物館ネットワークの形成」という2つの分科会が行われました。私は「博物館ネットワークの形成」に参加しました。

 この分科会では、「博物館の望ましいあり方」の提言に関して、博物館ネットワークについて議論されました。パネラーの那須氏(大阪市立自然史博物館館長)からは、博物館内部での「対話と連携」の重要性と、博物館同士の連携の例として大阪市の博物館学芸員で全体で行っている「朝鮮半島との関連」研究の事例や、「環瀬戸内海博物館ネットワーク」の事例が述べられ、市民との連携については「友の会活動」の事例が述べられました。また、濱田氏(仙台市博物館館長)からは、仙台市博物館の参画している協議会活動などが述べられました。

 これらについて、以下の発言がありました。
  • ネットワークとは結局は「人と人との繋がり」で、博物館が単に集まってもネットワークとは言えない。その繋がりを強め、協働する活動体がネットワークで、そのためには物理的ネットワークも必要で、メーリングリストの活用やコア館にはサーバーも必要である。
  • 市民ニーズのいかに汲み上げるか、具体的に悩んでいる。
  • 学芸員同士のネットワークを支援する体制が必要で、現状ではたとえば学芸員は県境を越えられないという問題がある。県境や国境を越えて、持って帰れるメリットの大きさが認められていない。
  • 博物館力をつけるためには学芸員のいろいろな力を強化する必要がある。
  • ネットワークには、コアとなる場と協働できるテーマが必要である。
  • 博物館力には地域による格差があり、ネットワークが強まれば、それに参加できない博物館との格差が広がるのでは…。
シンポジウムと分科会に参加して

 今回のシンポジウムは、将来の博物館設置基準への指針にも通じる日本博物館協会としての提言についての議論だったために、会場の参加者の関心も強く、意見も多く出ました。しかし、参加者に事前に配布された資料が報告書の抜粋だったことと、表現が抽象的だったこと、時間が十分になかったことから、討論が不十分に終わりました。その点、提案者からは、「報告書にはすでに書いてあることです。」とか、「今後、委員会を設置してさらに検討します。」と述べられました。

 また、AAM(アメリカ博物館協会)の指針(1992)では、博物館は公共サービス機関として、そのコアは「教育」にあると述べていて、それにならって本報告の理念でも「教育機能」が前面に押し出されているように感じました。しかし、博物館には確かに教育機関としての側面もありますが、日本の博物館はアメリカの博物館とは異なり、博物館としての基礎にある調査研究・収蔵保存の機能が乏しいかったために、コアを「教育」だけに限ると、博物館は単なる教育的解説もする展示施設となりかねない可能性があります。

 博物館、特に自然史博物館は自然をいろいろな面から調べ、その資料を将来のために保存・整理し、そしてその資料を研究と教育に活用していくための機関です。博物館に一次資料も含め「もの」や情報の収集・保管・整理の機能がなければ、研究や教育のために研究者や一般の人に提供するためのものや情報(コンテンツ)が蓄積されず、その意味を失います。

 社会や個人のニーズに対応したコンテンツは、長年かけて多くの人による蓄積のもとに形成していくものです。そのような努力や条件をつくらずに見掛けだけのコンテンツをそろえても、そこからは新たな創造を生み出すことはなく、陳腐化していくのみです。コンテンツは借りてくるものではなく、博物館自身で蓄積またはつくりだしていくものです。これは、博物館としてのIdentityの問題です。

 博物館での教育という面をみても、博物館の教育活動の目的を明確にすべきです。博物館での教育活動は、一般の方への普及だけでなく専門後継者の養成もあります。特に、自然史博物館では、分類学が大学から博物館へその役割を移したと言われている現状で、博物館での専門後継者養成は今や自然科学の基礎を守るための最後の砦ともなっています。

 特に自然史博物館は地域の自然研究センターという意味合いが強く、その点で学芸員は研究者であることはもちろん、教育者であるとともに研究サークルのリーダーとしての役割も担っています。もし、博物館の教育機能をさらに充実させるのであれば、学芸員を調査・収蔵・教育という博物館活動のマネージャーと位置づけ、収蔵・管理と展示・教育については学芸員を補助する「Conservator(収蔵管理者)」と「Educator(教育担当者)」をそれぞれ追加するべきと考えます。

 現実の博物館は多様で、人も予算も不足している博物館も多く、今後予想される社会的条件の変化からも、今回の報告や提言が博物館の将来を守っていくものでなくてはならないと思います。会場からの意見の中に、「昭和48年の基準は、当時このような博物館が現実にはなかったが、今後日本に基準を満たす博物館がたくさんできればという希望として基準が作成された。」という意見がありました。

 その「基準」があったからこそ、現在の日本の博物館にその希望にかなったいくつかの博物館ができたという側面もあります。今後、将来の博物館の基準を作成するにあたっては、現実にはいろいろと多岐にわたる条件はあるものの、さらなる希望が「基準」に盛り込まれることを期待したいと思います。


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登録日:2001年3月28日